皆さんは大会のときに緊張してしまい「力を発揮するために、とにかく落ち着かなきゃ」と焦ってしまったことはありませんか?
私は昔から自分のことを緊張するタイプだと思っていて、よく深呼吸して鼓動が落ち着くようにしていました(後述するように今では考えが変わりましたが)。
今週末は野辺山ウルトラ、彩の国100mile&100kmなどチャレンジングな大会が開催され、お客様の中からも参加される方が多くいらっしゃいます。
そこで、大会前のこのタイミングで「大会での緊張感とどう向き合うか」というテーマで考えてみようと思います。
緊張(ストレス反応)に関する科学的な研究
大会前の緊張について、科学的な視点で有意義なアドバイスをしてくれるのがケリー・マクゴニガルの『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』です。
(個人的には読みやすくて、面白くて、読書好きの方には是非おすすめしたい一冊です)
ケリー・マクゴニガル氏は、スタンフォード大学の健康心理学者で、ストレスや意志力、運動の心理的効果に関する研究と講義で世界的に知られています。
科学的知見をわかりやすく伝える手腕に定評があり、彼女のTEDトークは2,000万回以上再生されています。
著書の中で彼女が不安(緊張)に関して語っていることを要約するとこうなります。
多くの人は「プレッシャーの場面ではリラックスするのが一番」と思いがちですが、実はストレスを前向きにとらえることで、パフォーマンスは高まることが科学的に分かってきました。
アドレナリンやコルチゾールなどのストレス反応が強く出た人ほど、試験や訓練などで高い成績を収めている傾向にあります。
重要なのはストレスを敵とみなすのではなく「チャレンジに向けて体が準備を整えているサイン」として受け止めること。
自分の努力や過去の成功体験、支えてくれる人の存在を思い出すと、不安や緊張が「挑戦への意欲」に切り替わりやすくなります。
つまり、上手な考え方をすれば、ストレスは実力を引き出す味方にもなり得るのです。
彼女の主張の根拠については本書で詳細に書かれていますので、気になる人はぜひ読んでみてください。
ひとまず彼女の主張が正しいと仮定して話を進めると、私たちが悩み事として捉えがちな「大会前の緊張」は実は力を発揮するための武器になるということです。
(ちなみに試験やビジネスシーンなどでも緊張を正しく扱えば武器となることがわかっています)
「心臓がドキドキしてきた。深呼吸して整えなきゃ。」と思う必要はなく(これはむしろ逆効果の結果を生みます)、
「体が勝負に向けて私を助けてくれているんだ! 体も心も準備万端だ!」
とストレス(興奮状態と言った方が良いのかも)を受け入れていくのが今の科学的には正解に近いのでしょう。
考え方で脅威反応をチャレンジ反応に変えられる
とはいえ、過去に緊張して失敗してしまった経験があるという人も多いでしょう。
そういう経験の記憶が強いと、緊張を受け入れて武器にするというアイデアはすんなり納得できないかもしれません。
この問題についてはストレス反応を『脅威反応』と『チャレンジ反応』に分けて考えると理解できるかもしれません。
同著では人がストレスを受けたときの反応は1種類ではなく、何種類もあると教えています。
その中には
- 脅威反応:危険から身を守ることを優先する。体は物理的な危害を予想しているので、出血を防ぐために血管は収縮し、免疫を活性化させて炎症反応を起こす。
- チャレンジ反応:体に力が湧く。集中力が高まる。行動を起こす勇気が湧く。
があります。
この2つは、どちらもストレス時に起きる体の反応のバリエーションですが、体内で起きている化学反応は全くことなります。
名前の通り、脅威反応ではレースなどの勝負場面では力を発揮できず、チャレンジ反応ではパフォーマンスにプラスになります。
では、この2つの反応のどちらが発生するのかは、どのように決まるのでしょうか?
「考え方が大きく影響する」というのが著者の意見です。
関連個所を引用します。
多くの研究が示しているとおり、自分の持っている力や手段をしっかりと意識すると、「チャレンジ反応」が起こりやすくなります。
そのためにもっとも効果的な方法は、自分の個人的な強みを認識することです。
たとえば、挑戦に向けて自分がどれだけ準備を重ねてきたかを考えたり、過去に同じような問題を乗り越えた経験を思い出したり、自分を支えてくれる大切な人たちや、自分のために祈っていてくれる人たちのことを考えたりします。
そうすると考え方がすばやく転換し、脅威がチャレンジに変わるのです。
これまで、「自分は本番に弱い」とか「緊張しすぎて力を発揮できない」とか思ってしまっていた人は、ぜひこのことを覚えておくと良いでしょう。
緊張時に力を発揮できるか否かは、考え方次第です。
考え方は、自分で操ることができます。
過去のネガティブな経験に縛られて、同じ失敗を繰り返すサイクルから、今回の知識を使えば抜け出すことができます。
心臓がドキドキしてきたときは
「これから始まるチャレンジに興奮しているんだ! これは良い兆候だ!」
と前向きに解釈しましょう。
そして、先の引用部にあるアドバイス(自分の強みを思い出す)を実行しましょう。
決戦の前夜に
今から12年前の話になります。2013年の5月、私は24時間走の世界選手権に出場するためにオランダのステーンベルゲンにいました。
レース前日の夜、選手コテージで準備をしているときに当時の代表選手の楢木十士郎さんが「すげー緊張してきた」と言いました。
その言葉を受けて私は
「緊張しているのは、それだけ自分に期待ができているからではないですか? 良い練習をしてこれたから、その努力を結実させたくて緊張するのだと思います。いい加減にやっていたり、価値を感じられないことに、人はそんなに緊張ができないと思います。」
と返しました。
その回答に楢木さんも合点がいったようで、「なるほどね。武者震いってやつだね。」と前向きになったように見えました。
翌日のレースでは楢木選手(255.940km 男子6位)、私(250.327km 男子7位)を走り、日本男子チームとしては団体戦銀メダルを獲得しました。
私は今でも、緊張と向き合うときはこの時のエピソードを思い出すのです。
まとめ
今回は「大会の緊張感を力に変える」というテーマで考察してみました。
大会で感じられる緊張感は、私たち市民ランナーにとっては人生を豊かにするスパイスだと思います。
「この緊張感・・・たまらないぜ!」
ぜひそんな姿勢で、大会の非日常をお楽しみください。
チャレンジする皆さんの健闘を祈っています!