先日のセミナーである女性から次のような質問が届きました。
(脂質代謝や減量に関するオンラインセミナーの中で)
私は体重が減りすぎてしまうので、脂質代謝が高まってさらに痩せないように、しっかりと食べるように意識しています。
健康にランニングをしていくための体重や体脂肪率の目安はありますか?
この記事では女性アスリート(市民ランナークラスも含む)に特有の健康問題について検討してみたいと思います。
1992年、アメリカスポーツ医学会が
- 摂食障害(過食、拒食)
- 無月経(月経異常)
- 骨粗しょう症
の3つの症状が女性アスリートに生じやすい医学的問題として提示されました。
その後の研究で無月経と骨粗しょう症の主要な原因がエネルギー不足にあることが判明しました。
女性アスリートが健康に競技を継続していくためにはエネルギー不足に陥らないように食事と運動のバランスを調整していく必要があるのですが、そのバランスを評価するにあたって『エナジーアベイラビリティ(energy availability:以下EAと表記)』という指標が参考になります。
EAは日本語に訳すと『利用可能なエネルギー』です。
EAは下記のような数式で定義されます。
EA=(食事からの総エネルギー摂取量[kcal]-運動によるエネルギー消費量[kcal])÷除脂肪体重[kg]
式中の『運動によるエネルギー消費量』はトレーニングによる消費エネルギーのことで、日常生活(通勤や家事など)による消費エネルギーは含まないとされています。
このEAの値が低くなるとエネルギー不足によって無月経や骨粗しょう症のような症状が出やすくなる傾向にあることが分かっています。
『Low energy availability in the marathon and other endurance sports』Anne B Loucks
では、長距離ランナーのEAを調査し、正常月経グループと無月経グループにわけて、EAの数値を分析しました。その結果、無月経のグループは正常月経のグループよりEAの値が低いことがわかりました。
数値的な目安としてはEAの値が30未満になると黄体化ホルモンのパルスが乱れ月経異常になりやすいことが観察されました。
(30未満でも正常な人はいますが、目安としては最低でも30以上は心掛けた方が良いといえます)
月経周期が安定して健康状態を維持するためにはEAは45以上が望ましいとされています。
ここで、数値のイメージがわくように具体例を考えてみましょう。
体重が50kgで体脂肪率が25%だとします。
このとき徐脂肪体重は50×(100%-25%)=37.5kgです。
トレーニング内容が仮に平均で毎日7kmのランニングだったとすると、運動によるエネルギー消費=体重×距離で近似すると、50×7=350kcalとなります。
この条件で食事の摂取エネルギーとEAの値を表にすると以下のようになります。
EA | 摂取エネルギー |
25 | 1288 |
30(これ以下でリスク) | 1475 |
35 | 1662 |
40 | 1850 |
45(これ以上望ましい) | 2038 |
50 | 2225 |
EA=45以上が望ましいとすると、1日の摂取エネルギーは2000kcalくらいが目安と言えます。
リスクの高まるEA=30は1475kcalですので、EA=45との差は2000-1475=525kcalです。
松屋の『牛めし小盛』が527kcalなので、健康的な人の1日の食事から牛めし小盛一杯を引くとリスクが高いゾーンに入るくらいです。
こうして計算してみると、頑張りやさんな性格の人が食事制限をしようとしたら、意外と簡単にリスクゾーンに入ってしまいそうな印象をもちました。
ちなみに、厚生労働省の日本人の食事摂取量基準によると50歳女性(身体活動レベル高い=活発な運動習慣のある人、移動や立って仕事をすることが多い人)の推奨摂取エネルギーは2200kcalです。
(30~40歳は2300kcal)
以上はEAの観点での評価でしたが、体脂肪率も月経異常との相関がわかっています。
目安としては体脂肪率が20%を下回ると月経異常の割合が増え、12.5%を下回るとさらにそれが顕著になるようです。
『女性スポーツの医学』文光堂 目崎登
EAの値が低いと、月経異常や骨粗しょう症だけでなく
- 抑うつ、イライラ、自尊心の低下などの精神的なマイナス作用
- 故障リスクの増加
- トレーニング効果の減少、パフォーマンス低下
- 心血管系疾患のリスク向上
のようなマイナスも知られています。
女性ランナーで痩せすぎやエネルギー不足を気にされている方はぜひ上記の数値などを参考にして、健康を維持しながらランニングを楽しんでくださいね。
参考)
オリンピックに出場するような陸上長距離・マラソンの女子トップアスリートの平均の体組成は身長(158.7cm)、体重(45.0kg)、体脂肪率(11.4%)であり、上記の観点でいうとリスクゾーンになります。世界クラスとなると健康リスクを負うレベルで練習をしなくてはいけないようです。。。