こんにちは。
ランニングショップHolosの小谷です。
7月に入り、ますます暑さが厳しく走るのが大変になってきましたね。
「本当はもっと頑張りたいのに、暑くてどうにもならない」とお悩みの方も多いのではないでしょうか。
今日からは「暑い夏のトレーニングをいかに効率化して、秋からのマラソンシーズンで記録向上を目指すか」というテーマで考えてみたいと思います。
頑張りぬきにして速くなるような魔法はありませんが、トレーニングに関する科学的な知識を活用することで、同じ努力からより多くの成果を得られるはずです。
ぜひ今年の夏は例年と違った創意工夫をして、トレーニングを充実させてみませんか?
今回はその第一歩として「暑熱馴化(しょねつじゅんか)」という考え方をご紹介します。
夏が始まったら最初に「暑さ慣れ」することで夏トレ全体を最大化する
暑いと速いペースを維持したり、ロング走をこなしたりすることが難しくなりますよね。
暑さによって持久系スポーツのパフォーマンスが低下するのは仕方が無いことです。
ただ、そのパフォーマンス低下の程度を緩やかにすることは可能です。
それが今回のテーマである暑熱馴化(=暑さに慣れること)です。
暑さに慣れるという感覚を持っている方は意外と少ないかもしれません。
というのも「自分は暑さに弱いタイプだ」というような言葉に表現されるように、暑さへの強さは先天的なものであり、あまり後天的に鍛えるという発想が無いからかもしれません。
実際、学生時代の私も暑さに強くなろうとは考えたことがありませんでした。
しかし、実は暑さへの耐性は誰でも簡単に鍛えることができます。
しかも、最近の研究によると暑さへの適応は5~10日程度の短期間でもつくれることがわかってきました。
よって、夏の始まり頃に暑熱馴化トレーニングによって暑さに強い体を作ってしまえば、その後の2か月程度ずっとアドバンテージをもって練習をすることができるということです。
暑熱馴化の方法をマスターすればこんなメリットがあります。
- 夏場のトレーニング負荷の低下を最低限に抑えながら練習を継続できる
- 夏に十分なトレーニングを積めるので、秋からのマラソンシーズンで記録を狙える準備が整う
- 暑い時期にレースがある方はそのレースでのパフォーマンスが向上する
ぜひ今日はそのやり方を学んでいきましょう!
宇宙飛行士も実践する!? NASAの暑熱馴化研究とは
「暑さに慣れるなんて、本当にできるの?」
そう感じる方もいるかもしれません。
実はこの「暑熱馴化」はNASA(アメリカ航空宇宙局)でも真剣に研究されています。
(これは雑談ですが、宇宙服は非常に断熱性が高いため、宇宙飛行士は宇宙船外での活動中に体温が上がりやすいという課題があるそうです。
そのため、高温環境に適応できるかどうかは生存に関わるスキルとして重要視されているそうです。)
今回紹介するのはこちらのNASAの技術資料です。
『Acclimatization and Acclimation to Heat in Humans』(NASA Technical Memorandum101011,1989)
NASAの研究者Greenleafらの報告によると、1日60〜90分の有酸素運動を暑い環境で5〜10日間続けるだけで、発汗の質と量が変わり、心拍数も安定し、暑さに強い体が作られることが確認されています。
(完全な馴化には最大で約2週間を要するが、初期適応は4〜5日で始まる。)
【効率的な馴化法】
30〜90分の中強度運動を、やや暑い環境(30〜35℃)で5〜10日間継続することで、主要な適応が得られる。
小谷 注)最近の日本の夏はもっと暑いこともありますが、「普段メインで練習をする時間帯」よりも更に少し暑い時間帯で4~6回練習をすれば良いと考えれば良いでしょう
【推奨戦略】
- 最初の数日は強度を抑える。無理な高強度運動は熱中症のリスクがある。
- 水分・塩分補給を十分に行う。脱水状態では適応が遅れる。
- 馴化は2〜3週間で失われる可能性があるが、1〜2週間に1回の再暴露で維持できる。
小谷 注)3つめの項目について。市民ランナーの場合は定期的に暑い環境で運動しているので、1回暑さに強くなれば、涼しくなるまではほぼ暑さ耐性は維持されると考てOK
またこの報告では、暑熱馴化による効果として以下のような具体的な生理的変化が挙げられています。
暑さに慣れると、身体にはこんな変化が起こる
NASAやスポーツ科学の研究により、暑熱馴化で以下のような変化が起こることが示されています。
- 汗をかき始めるタイミングが早くなり、放熱効率が向上
- 汗の質が変わり、ナトリウム濃度が低下してさらさらの汗に
- 皮膚血流量が増加し、熱を体外に逃がしやすくなる
- 心拍数が同じ運動強度でも下がるようになり、疲労感も軽減
- トレーニング後の回復が早くなる
これらの変化は私も経験的に実感しています。
私の場合、毎年5月末に弘前で開催される24時間走では、暑さがレース中の課題になると考えています。
そのため私は、4〜5月に40〜50分の厚着ランニングを6回ほど取り入れてきました。
回数を重ねるごとに、同じような気温でも「今日は少し楽かも」と感じるようになりました。
つまり、主観的な「暑さのつらさ」が確かに軽減されていくのですよね。
市民ランナー向け・現実的な暑熱馴化の方法
では、暑熱馴化のメリットが確認できたところで、実際の練習に落とし込む方法を検討していきましょう。
多くの方にとっての目標である「夏のトレーニングを成功させる」というレベルの暑熱馴化であれば、「日常の練習に少し負荷を足す」くらいの軽めの工夫で良いと思います。
忙しい市民ランナーでも実践しやすい形に分けてご紹介します。
【日中チャレンジ】 休日にあえて暑い時間帯に走ってみる
夏は早朝や夜の涼しい時間帯を選んで走るのが基本です。
しかし、夏の初期に暑熱馴化を狙うのであれば、あえて11~15時など、気温が高くなる時間に30〜50分ほど走ってみましょう(ペースはジョギングでOK)。
適応を促すためにも、安全のためにも水分・塩分補給は必須です。
できれば短めの周回コースで簡単に離脱できるようにしておくと安心です。
【厚着ランニング】平日の朝や夜ランをあえて厚着してみる
仕事のある平日は日中に走ることが難しいという方も多いでしょう。
その場合、いつもの早朝や夜の練習をあえて厚着をして走ってみてはいかがでしょうか。
(私が弘前24時間走のために4~5月にしているのも、この厚着ランニングです)
通常のランニングウェアの上に長袖や長ズボンを1枚追加してみましょう。
手袋もつけると更に暑さの刺激を加えることができます。
この場合もしっかり水分・塩分補給ができるように注意してください。
ペースはいつものジョギングよりも更にゆっくりでOK。時間は30~50分ほど。
あくまで体には「暑さの刺激」を与えることに注力してください。
5回ほどを目安に実施して、感覚の変化を観察
暑熱馴化トレーニング時の「心拍数」「主観的なつらさ」に注目してみてください。
(練習日誌に書き残しておくと、変化が見えてきます)
NASAの報告でも、5〜10回程度のセッションで暑熱適応が起きるとされています。
私の感覚では、4回目には顕著に1回目との違いを感じます。
実際に自分の体でも変化が感じられると、モチベーションも上がります。
そして、暑さに強くなった体で残りの夏をいつもより快適に頑張っていきましょう!
実は長期的にも意味がある。暑熱馴化は「貯金」できる
これはおまけ的な話ですが、実は暑さへの適応は「今年だけ」の話ではありません。
「水泳部は汗をかきにくい」「陸上部は汗をよくかく」と言われますが、実際にスポーツの種類によって汗腺の発達に差があることが知られています。
水中では発汗による放熱が陸上ほど必要ないため、汗腺があまり使われず発達しにくいんですね。
この部活動の種類によって汗腺の数が違うというのは、実はその後何年か経ってからも同じ傾向が残るという報告もあります。
つまり、暑熱環境での運動経験が多い人ほど、汗をかく能力=体温調整力が高いということ。
そして、その能力は徐々に積み重なっていくということです。
この夏に暑熱馴化を意識したトレーニングをしておくことで、来年の夏も楽に走れるようになるかもしれません。
ぜひ今年の夏からは暑さに対して「嫌なもの」ではなく「鍛えて乗り越える甲斐のあるもの」と前向きに向き合ってみてはいかがでしょうか。
おわりに|この夏を、次のシーズンの準備期間に
暑熱馴化は意外にも短期間で効果が出る実用的な戦略です。
そして、それは秋のパフォーマンスに直接つながる「夏の仕込み」でもあります。
「暑いから走れない」ではなく「暑くて難しいからこそ、攻略のし甲斐があり、去年までの自分に差をつけるチャンス」と捉えてみると、やる気が湧いてきます。
次回は更にステップアップして「夏でも着実に実力をつける練習メニューの考え方」をご紹介予定です。
具体的な練習メニューのサンプルなどもお届けする予定です。
どうぞお楽しみに♪